池部・福井大准教授が基調講演
海外拠点に桃源郷なし
製造拠点や技術の移転など、中国に投資ビジネスを展開している企業にとって、中国での一極集中を回避する「チャイナプラスワン」が盛んに言われている。尖閣問題以降はより論調が強くなっている。
そうは言うものの仮にほかのアジア諸国でビジネス展開をしたとしても、投資リスクが解消されるものではない。海外で投資ビジネスを展開している限りにおいて桃源郷というものは存在しない。
例えば、ベトナムは中国に比べて人件費は安い。しかし、同国は社会主義国としての法律によって従業員の残業時間が年間200時間以内と、厳しく制限されている。中国のように3交代シフトを組むことは不可能である。
生産効率で中国を100とすると、ベトナムは80〜85、ミャンマーは30程度に落ち込んでしまう。
ミャンマーでは電力インフラが悪く、進出する企業にとって自家発電は原則とされている。
海外での良好な生産環境を考えると、中国に勝る地域は見当たらない。これは好き嫌いの域ではない。
法律・制度の運用
過去は目こぼし
中国ビジネスのリスクのい1つとして法律運用の朝令暮改もある。しかし、最近ではそうした事例は少なくなっている。パブリックコメントなど、事業者らに広く意見徴収をしているのが特徴だ。労働法や企業民主管理条例などの運用には周到な準備、期間を費やしている。
制度そのものは従来から存在していたのだが、これまではほとんどが適宜、運用されていた。いわば、行政側の「お目こぼし」が多用されてきた。ところが今、制度に沿った運営をし始めた。「寝耳に水」はその反動が起きているというのが真実に近い。
こうしたグレーゾーンは地域や人によっても違ったが、2007年ごろから運用が変わりつつある。グレーゾーンは今後、白になることはない。やがて全て黒になるだろう。
ほかの途上国に較べて、中国はまともになってきた。正常になってきたわけだ。
地位評価低い
中国の製造業
2010年の労働争議は起こるべくして起きたものである。2000年以降、急激な経済成長ではあったが、製造業の賃金上昇は政策的に押さえ込まれてきたことが主な要因である。
例えば、広東省の19業種を対象にした賃金調査によると、全業種の平均賃金は2・6倍に上昇したが、製造業は2・1倍でしかなかった。
人民元と低賃金によって中国の輸出経済は支えられてきた。中国の製造業で働く人たちは低い地位に追いやられてきた。そのツケとして顕在化したのが労働争議であった。
国家間の係争
予測は不可能
尖閣問題が発生した2010年、対日措置としてレアアースの輸出制限や、中国の軍事施設への不法な侵入を理由で日本人を拘束するといった事案が起こった。
こうした中国の外国との摩擦は、中国製タイヤのアンチダンピング課税に対抗して米国産の鶏肉に報復的な関税を課し、南沙諸島の領有権問題ではフィリピンバナナの輸入に際し、事実上禁輸した。
中国は貿易大国でもある。今後、思わぬところで紛争に巻き込まれるリスクではあるが、確度の高い予測は不可能だ。
日本企業の多くは取引リスクの小さいルートセールス的系列による商習慣によるものだ。一方、中国企業は規模の追求、大量生産によるコストダウンを推し進め勝ち抜いてきた。
国際分業が一層進んでいるなか、中国企業との取引では系列取引に慣れ浸ってきた日本企業には読み切れないリスクがある。
模造品被害
のリスク
中国での偽物の氾濫の要因は国民性だという意見もあるが、私の考えは違う。企業間における評判や効果について希薄なことが原因である。法的な制裁は抑止力になり得てないのはそのためで、社会的な制裁が強まらないと不正も収まらない。
中国の経済成長率が5%だとすると、農村部では1〜2%でしかない。生活物資のインフレを勘案すると実質所得はマイナスに転落するともいえる。
中国では税関、国税、地税は地方政府が発表する成長実績に基づき、ノルマが課される。実態経済とはかけ離れた徴税ノルマによって、徴税の暴走を生むというリスクが考えられる。
尖閣問題に沿うと、感情的に騒ぐことが、現状を変化させたいとの中国の思惑を助けることになってしまう。加えて、メディア報道の過熱が裏目ともなる。国際社会の中で、果たして味方につけるのはどっちなのか。