日本式ドラッグストアによる小売技術の国際移転
今井 利絵(ハリウッド大学院大学教授) 2013.12.09
ドラッグストアの海外進出が進展する中、「日本式」の海外市場への移転が模索されている。筆者は、日本式ドラッグストアとは「日本式品揃え」だけを指すのではなく、「日本式接客」「日本式陳列・演出」をも含むと考える(1)が、品揃えに比べて後者2者は、海外市場での実現がさほど重要視されていないように感じる。
これらは小売業サービスの周辺的な要素であること、またこれらを海外市場で実現するのは相当難易度が高いということがその理由であろう。難易度が高いのは、接客、陳列・演出の実現および価値の伝達には「人」が介在するため、その教育・啓蒙が必要となるからだ。接客や陳列・演出を行う従業員のスキルやマインドの育成には相当の時間が掛かるし、またそれらの価値を消費者に受け入れてもらうためにも時間を要する。
さらに日本のドラッグストアの人材育成においては、本部と店舗の上意下達のオペレーションを実現するような階層型組織構造、ITなどに支援された情報流通、教育・評価のための体制・制度といった組織資源・システムが多少の差はあれ用意されている。このように難易度が高く時間を要するため、接客や陳列・演出の海外市場への移転は顧客接点に近い部分から行われる傾向にある。
例えば、日本のドラッグストアの演出の手法として、
・手書きPOP、動画POP、チラシ、雑誌記事掲示等による情報提供
・エンドを活用したカテゴリー横断のテーマ訴求型陳列
・エンド、かご盛り、レジ横、棚ラック、入口側の陳列棚・カゴ等を利用した多箇所陳列
・商品のラッピング、POPの色味等による演出
ーーなどが挙げられるが、ウエルシアホールディングスの上海合弁事業である聯華毎日鈴(上海)商業有限公司店舗が運営する櫻工房では、テーマ型エンド陳列、入口側の陳列カゴの設置、手書きPOP、動画POP、アテンションPOP、雑誌記事掲示などが実現されている。
また接客応対では、挨拶やお声がけの「型」の教育が、集合研修やOJTにより行われている。中国では、従業員に対するマインドの植え付けよりも、お辞儀や挨拶、お客様とのやり取りの仕方といった「型」を覚えさせることが有効だという指摘もあり、実際に「型」の教育を優先する企業が見受けられる。
上海では規制のために、日本式の品揃えやマーチャンダイジングを導入する難易度が格段に高く、接客や陳列・演出との連動効果が発揮しきれないのが残念であるが、逆に品揃えの壁が高いために、日本式の接客や陳列・演出の実現に早めに力を割くことができたのかもしれない。今後は顧客接点のみならず、従業員のマインドを変え、自己発展的な行動を期待するためには、組織の資源、体制、システムを強化していく必要があるだろう。
他方、消費者に日本式の付加価値を知ってもらう、納得してもらうためには、何が必要だろうか。中国の消費者を攻略するためには、サイエンスだけでなく、アートが必要だという指摘がある。そこには、慣例や精緻な分析に拠らないアプローチが要求されるという。そのための一つのヒントとして「顧客をサービスの創出に巻き込む」べきだと、中国の消費者行動調査を通じてアクセンチュアが指摘している。中国の消費者は驚くほど「冒険好き」で、新しいものを好んで試そうとする。
したがって消費者の冒険心を活かし、自社のイノベーション活動に巻き込むことが効果的だという。その結果、新しいアイデアやフィードバック、顧客からの熱い支援やロイヤルティの獲得が期待できる(2)。
「日本式接客、日本式演出・陳列に、顧客を巻き込む」。少しずつ実現され始めた日本式付加価値を、中国の消費者に定着させるためには、まさにこの活動が必要なのかもしれない。
[注] (1) 「日本式ドラッグストアとは?」世界経済評論IMPACT2012年12月17日号。
(2)「中国の次の消費者を攻略する」『世界経済評論』2013年11・12月号。
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